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豆知識
九六銭(くろくせん)
寛永通宝96枚で100文、97枚で101文とする習慣があった。誤魔化しているのではなく、3や2の倍数で割り切れるため、江戸期には普通に行われていた。
銭の穴を麻ひも(緡・青緡=さし・あおざし)に通して1本を100文にするが、数えると96枚なのが当たり前だった。
 商品もこれに対応して96の除数・倍数を取引の荷物単位にしたり、藩札に24文や32文の額面が多いのも割り切れるからだ。
 正確に100枚を100文とするのを「丁百」(ちょうひゃく)というが、96枚を100文とする慣行は、明治5年3月15日まで続いた。


  ■制外・異域を目指した豪商とその時代
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