レンズに跳び付いてきそうだったのでヒョイッとかわした。すると、アリグモは対象を失って落ちた。しおり糸を引いて落ちたから宙空にぶら下っている。第4脚が一本足らないと思いきや、糸に引っ掛けている。この位置からアリグモは引き返し糸を伝わって上に昇っていったのだった。左第4脚はブレーキや糸を引き出す役割があるようだ昇り切って葉の上に辿り着いたアリグモは糸を手繰り寄せ食べたのである。糸はタンパク質だから節約しているわけだ。
ぶら下がっている写真(上3写真ともクリック拡大)には、腹部末端に糸いぼ(出糸突起)とその下に気管が見える。糸いぼは変形した肢(あし)だと言う。糸に引っ掛けた第4脚の少し右上に四角っぽく盛り上がった部分がある。これは外雌器(がいしき)と呼ばれる生殖口で、成体の♀に見られると言う。
アリグモの♂(上写真左、2写真ともクリック拡大)の上顎は、♀の三倍ほど前に突き出ている。これがアリグモの♂♀の簡単な見分け方だが、通常のハエトリグモの♂♀の見分け方は触肢の先端が膨らんでいるかいないか、膨らんでいれば♂と言うことになる。上右の写真はミスジハエトリ♂成体。蝕肢の先端が膨らんでいる。成体になると主眼周辺から頭胸部上部前面にかけて赤色になる。孤独な作業とわたしには思われるが、小さな網を造りそこに生殖口(♀と同じ位置にある)をあて精液を出す。これを左右の触肢の先端からスポイトのように吸い上げて貯める。そして♀を求めて旅立つのだ。
♀に出会うと気を惹くダンスじみたことをして、「いいんだね?」、「ええ、いつでもどうぞ」と、なんとか首尾よくいけば触肢を外雌器に挿し込み、気力の衰えていないタフマン・ハエトリ君なら違った♀を求めて再びの旅立ちとなるのであります。ハエトリグモ(クモ一般)は♂♀とも徒党を組むことなく孤高な精神のプラトニックな存在なんですね。知らない人が多いと思うけど、そこが「う〜む、マンダム」なんだなぁ、わたしには。
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葉の先につかまっているアリグモ♀とミスジハエトリ♂。各歩脚の先端には爪が二つある。網を張るクモは三爪だと言う。徘徊するハエトリの爪は二つで、他に末端毛束(まったんもうそく)と呼ばれる微細なブラシ状の束がある。そのお蔭で葉裏ら壁、天井を歩けるそうである。葉に関してはアリグモのほうが上で、より先端まで来ている。ミスジは家やビルにもいるから、葉上ではアリグモに軍配が上がるようだ。
触肢と脚には聴覚器官がある。ピーと鳴るデジタル音によく反応する。また、味覚毛が触肢と脚にあると言う。これは判らないが、水に第1歩脚を浸して口にそれを何回も持っていく姿を見たことはある。
■クモは♀のほうが大きいと言われる。ハエトリの場合も♀のほうが大きいが、それは大差ではない。まぁ6_前後のものがほとんどだから、大差にはなりにくいが。寿命はほとんどが1年。クモの脱皮は4〜12回と言うがハエトリはサイズが小さいから6、7回くらいであろうか。クモが長期間の飢餓に耐えられるのは、中腸盲嚢(ちゅうちょうもうのう)と言う腸管からいくつもの枝が細分化し腹部を巡っており、ここに栄養物質を蓄えておくからだそうである。
「写真日本クモ類大図鑑」には64種のハエトリグモが掲載されている。そのなかで最も小さいのがネオンハエトリ、♂成体は2.5〜3_、♀3〜4_。最も大きいのはアシブトハエトリ、♂成体9〜11_、♀13〜14_。こんな小さなハエトリだが、脳も心臓も備わり視覚にすぐれ聴覚・味覚もある、驚くべしなのだ。
※参照文献
「クモの不思議」(吉倉眞著
岩波新書)
「動物大百科15」(C.オトゥール編 矢島稔監修 平凡社
87年刊)
「写真日本クモ類大図鑑」(千国安之輔著 偕成社
89年刊)