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農村に文化を育てた人々5 

■今回は育てた人ではなく、「仕組み」。今風に言えばシステムである。いつの時代でも一人の力では都合できない金額がある。江戸時代では農村に限らず町方、武家の間に広く利用されたのが、「無尽(むじん)あるいは「頼母子(たのもし)と呼ばれる仕組みであった。
 まず初めに、発起人(講親)が一口あたりの掛け金と総口数を決める。次に参加者(講中)を募集して「講(組合)を組織する。講は年に一回ないしは数回定期的に開催され、初会では発起人が講金を取得する。二回目以降はクジ引きや入札によって、参加者の一人が講金を取得する。参加者全員が講金を取得すると、講は満会となって解散となる。
 もちろん講金を取得したら、「はい、さいなら」とはならない。それでは講が成り立たない。よって初回に取得した発起人は所定の金額を、いまだ取得していない参加者のために掛け戻し、また取得した参加者も取得額に応じて算出された一定の金額を掛け戻すのである。

■以上が無尽(関東では無尽、関西では頼母子と呼ばれたようだ)の基本形である。バリエーションとして、初回からクジ引きで行なうもの、取得した講金から一定額を講へ割戻すもの、また、講金を取得する際に担保として田畑の質地証文を要するもの、あるいは請人(保証人)を求めるものなどもあった。
 担保の類いを必要とする無尽講は、「取退無尽(とりのきむじん)というものが流行したためである。これは、「はい、さいなら」ができる無尽で、初回からクジ引きで行ない、取得したらそれ以後掛け戻すことをしないもの。幕府はこれを賭博と類似のものと見なし厳しく取り締まったが、射幸性があり絶えることはなかった。
 農村における無尽の目的は相互扶助的な要素が強く、家屋の建替えや屋根の葺き替え、寺社の修復あるいは寺社への参詣費用などの捻出・調達であった。

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