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ハエトリグモ生態見聞記(モデル=ハエトリグモ科アリグモ♀)


 ハエトリグモの中で体型が異なるアリグモ。そして、黒タイプのアリグモの♀(写真のアリグモは体長6_、1月採取のものなので♀と断言できないが、ここでは♀として説明していく)が、わたしにとって一番興味のつきない対象でもある。俗に言えば「カッコいいッ!」のである。上の写真はミスジハエトリ♂(亜成体)である。アリグモや長細い葉(稲やススキ)にいるヤハズハエトリなど腹部の長いものを除いたハエトリグモは通常この形をしている。頭胸部は金具のないコンセントプラグのような形である(腹部の長いハエトリグモも頭胸部の形は同じ)。クモは昆虫と違い脱皮を繰り返して成体の♂♀となるから、形は孵化した時から変わらない。

 このページの写真は04/1月に採取し、フィルムケースで飼っているアリグモ♀のもの。飼っていると言っても、白樫の葉裏にあった袋巣を採取したので、餌を与えるわけでもなく湿気に気を配ったのみで、後は衣服タンスにしまっておいただけなのである。2月になって暖かい日はケースに造った袋巣から誘い出し(写真・上左)、観葉植物の葉に載せたりして観察写真を撮っていた。写真はすべてその折のものと言う次第。
 アリグモ♀の顔(写真・上右)は、とぼけていて実にユーモラスだ。大きな目が主眼、その横に側眼、主眼の下に伸びるのは上顎(うわあご 鋏角きょうかく
とも言う)、上顎の両側にナス状の触肢(しょくし ヒゲとも言う)がある。これらがアリグモ(ハエトリグモ)の顔を構成している。

 
 ハエトリグモ(クモ一般)の体は頭胸部と腹部から成り、二つの部分を細い腹柄(ふくへい)と呼ばれる管がつないでいる。アリグモは頭胸部が二つの節に分かれているように見えるが、昆虫のアリを擬した巧妙なデザインでこの部分から曲がるわけではない。アリに擬すのはアリを捕食するのではなく、鳥がアリを嫌うことからだと言う(この説は怪しい。アリは数が多いから紛れやすい利点もある。頭胸部には側眼が四つある。前方は後方の一対より小さい。頭胸部は甲冑に似ていて特にわたしが好むところだ。

 目は主眼が1対、側眼が3対、合わせて8個の単眼があるが、1対の小さな側眼には取り立てて働きは認められないと言う。他の2対の側眼→主眼の横後方にある側眼1対と頭胸上部後方の側眼1対は20a先のものを見ることができ、主眼は5a先のものを認知するそうだ。つまり、主眼は近視、側眼は遠視で遠近をバランスよく調節しているわけだ。
 主眼は光の射し加減で黒色から変化する。夜中に光をあてると目が光るクモがいる。これはタペータム細胞によるのだが、ハエトリグモは昼行性のためこれがない。写真のように色が変化するのは、網膜の部分を動かす筋肉があり、これが色素細胞に働きかけるからだと言われる。また、主眼は赤、黄、緑、青、紫外線を見分けることができ、側眼は緑を感知することができるそうだ。
 写真2枚とも上顎の先端に中央へ曲がった牙が見える。牙は左右に動き、獲物に毒液をここから注入する。ハエ、アブ、蚊などを屠る毒たが、人には無害である。


 レンズとの距離が5aくらいになると、第一歩脚を掲げた後、尻を上下してレンズに跳び付いてくる。尻を上下するのはしおり糸(命綱)を附着するからで、そのため着地すると尻が瞬間持ち上がるのである。
 
     

 レンズに跳び付いてきそうだったのでヒョイッとかわした。すると、アリグモは対象を失って落ちた。しおり糸を引いて落ちたから宙空にぶら下っている。第4脚が一本足らないと思いきや、糸に引っ掛けている。この位置からアリグモは引き返し糸を伝わって上に昇っていったのだった。左第4脚はブレーキや糸を引き出す役割があるようだ昇り切って葉の上に辿り着いたアリグモは糸を手繰り寄せ食べたのである。糸はタンパク質だから節約しているわけだ。
 ぶら下がっている写真(上3写真ともクリック拡大)には、腹部末端に糸いぼ(出糸突起)とその下に気管が見える。糸いぼは変形した肢(あし)だと言う。糸に引っ掛けた第4脚の少し右上に四角っぽく盛り上がった部分がある。これは外雌器(がいしき)と呼ばれる生殖口で、成体の♀に見られると言う。

   

 アリグモの♂(上写真左、2写真ともクリック拡大)の上顎は、♀の三倍ほど前に突き出ている。これがアリグモの♂♀の簡単な見分け方だが、通常のハエトリグモの♂♀の見分け方は触肢の先端が膨らんでいるかいないか、膨らんでいれば♂と言うことになる。上右の写真はミスジハエトリ♂成体。蝕肢の先端が膨らんでいる。成体になると主眼周辺から頭胸部上部前面にかけて赤色になる。孤独な作業とわたしには思われるが、小さな網を造りそこに生殖口(♀と同じ位置にある)をあて精液を出す。これを左右の触肢の先端からスポイトのように吸い上げて貯める。そして♀を求めて旅立つのだ。

 ♀に出会うと気を惹くダンスじみたことをして、
「いいんだね?」、「ええ、いつでもどうぞ」と、なんとか首尾よくいけば触肢を外雌器に挿し込み、気力の衰えていないタフマン・ハエトリ君なら違った♀を求めて再びの旅立ちとなるのであります。ハエトリグモ(クモ一般)は♂♀とも徒党を組むことなく孤高な精神のプラトニックな存在なんですね。知らない人が多いと思うけど、そこが「う〜む、マンダム」なんだなぁ、わたしには。

 葉の先につかまっているアリグモ♀とミスジハエトリ♂。各歩脚の先端には爪が二つある。網を張るクモは三爪だと言う。徘徊するハエトリの爪は二つで、他に末端毛束(まったんもうそく)と呼ばれる微細なブラシ状の束がある。そのお蔭で葉裏ら壁、天井を歩けるそうである。葉に関してはアリグモのほうが上で、より先端まで来ている。ミスジは家やビルにもいるから、葉上ではアリグモに軍配が上がるようだ。
 触肢と脚には聴覚器官がある。ピーと鳴るデジタル音によく反応する。また、味覚毛が触肢と脚にあると言う。これは判らないが、水に第1歩脚を浸して口にそれを何回も持っていく姿を見たことはある。

 
■クモは♀のほうが大きいと言われる。ハエトリの場合も♀のほうが大きいが、それは大差ではない。まぁ6_前後のものがほとんどだから、大差にはなりにくいが。寿命はほとんどが1年。クモの脱皮は4〜12回と言うがハエトリはサイズが小さいから6、7回くらいであろうか。クモが長期間の飢餓に耐えられるのは、中腸盲嚢(ちゅうちょうもうのう)と言う腸管からいくつもの枝が細分化し腹部を巡っており、ここに栄養物質を蓄えておくからだそうである。
 「写真日本クモ類大図鑑」には64種のハエトリグモが掲載されている。そのなかで最も小さいのがネオンハエトリ、♂成体は2.5〜3_、♀3〜4_。最も大きいのはアシブトハエトリ、♂成体9〜11_、♀13〜14_。こんな小さなハエトリだが、脳も心臓も備わり視覚にすぐれ聴覚・味覚もある、驚くべしなのだ。  


※参照文献
 「クモの不思議」(吉倉眞著 岩波新書) 
 「動物大百科15」(C.オトゥール編 矢島稔監修 平凡社 87年刊)
 「写真日本クモ類大図鑑」(千国安之輔著 偕成社 89年刊)

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