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戦考1                                                                            江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

 

戦争観 

■「薩摩反乱記」(平凡社刊)は西南戦争(明治10年、1877)を取材したイギリスの外交官マウンジーが著わしたものである。彼は明治9年〜明治11年まで駐日イギリス公使パークスの下で西南戦争の政府情報を収集したという。
  イギリスは日本同様に島国だが、面白い視点から述べられていることが一つある。それは西郷隆盛が海外に逃亡して生き延びようとか、革命(明治政府転覆)を再び試みようとしなかったことに興味を抱いている点である。
  イギリス人を含めた欧米の人々ならば、自分の主義に基づいてクーデターを決行して失敗した場合、他国へ亡命して生き延びようとするか再起を果たそうとするのが一般的だったから、マウンジーは興味を持ったのであろう。我われ日本人なら西郷隆盛が自分一人逃亡するケースなど考えも浮かばない。

■ところで、あの「菊と刀」(社会思想社刊)の著者ベネディクトは、こんなことを述べている。
「日本人はある一定の行動方針を取って、目標を達成することができなかった場合には、『誤り』を犯したというふうに考える。彼はある行動が失敗に終われば、それを敗れた主張として棄て去る。彼はいつまでも執拗に敗れた主張を固守するような性質にはできていない」 
  日本人は戦争によって自らの主義を通そうとしたが、敗北すると「あれは失敗した」と主義を棄て、平和憲法へ方針転換するというわけである。大東亜共栄圏を掲げた者たちは西郷隆盛と同様に逃亡も再起をはかることもしなかった。主義主張よりも一人生き延びることを恥じとする日本人を、欧米人は不合理とみるのである。
  いま改憲の動きがある。改憲派の人々には敗北感があるのだろうか。それは何に対しての敗北感か、まだ定かではない。

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