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 水戸藩・藩士の職掌と組織                                                 江戸と座敷鷹 | 江戸大名公卿net

 

御家老

18名

大御番頭 

 10名

以上、1000石以上   
御書院番(頭?) 

 7名

御奉行馬廻両頭兼 

 3名

御供番頭 

 4名

新御番頭 

 4名

御近番頭 

 3名

奥番頭 

 1名

御土蔵番頭 

 1名

御取次衆  

 1名

御用人 

 6名

以上、500石以上   
御小姓頭 

 16名

前々寄合 

 4名

御旗奉行 

 4名

以上、400石   
御持弓頭 

 3名

御持筒頭  

 3名

大御小姓

 18名

御前小姓 

 33名

御部屋御小姓  

 10名

御次小姓 

 35名

御儒者 

 9名

御医師 

 45名

以上、300石   
五十人頭 

 3名

御徒頭 

 6名

次之御殿頭  

 3名

御腰物番  

 25名

御部屋御腰物番  

 8名

人数奉行

 2名

寺社奉行

 2名

御目付  

 10名

御城付  

 2名

御足軽頭 

 19名

江戸御留守居足軽頭 

 15名

水戸足軽頭 

 5名

御郡奉行 

 5名

御船頭 

 1名

御鷹匠頭 

 1名

中寄合 

 15名

御側役人 

 2名

御小納戸 

 10名

御部屋御膳番 

 2名

御勘定奉行 

 6名

割物奉行 

 4名

江戸御金奉行 

 3名

大御納戸奉行 

 2名

御祐筆 

 11名

御仕設差引
        (マ
マ) 

 3名

御馬廻小頭 

 3名

以上、200石   
御供番 

33名

御書院番七組 

 71名

以上、100〜150石   
大御番七組

 145名

御進物番 

 28名

御馬廻三組 

 57名

新御番四組 

 89名

御土蔵番 

 17名

御普請奉行 

 2名

御矢倉奉行 

 2名

御代官 

 6名

小川運送奉行 

 1名

中山備前守組付 

 7名

下寄合 

 6名

御厩別当 

 4名

御賄頭 

 2名

御台所頭 

 2名

御肴奉行 

 1名

竹木奉行 

 2名

下御勘定 

 6名

新御料理間御番 

 17名

御庭奉行 

 3名

江戸御披露奉行 

 2名

御用部屋 

 6名

江戸御道具奉行 

 2名

江戸御材木奉行 

 2名

江戸芭荻銭奉行 

 2名

末御祐筆 

 9名

御茶道頭 

 2名

御鷹師 

 40名

御鳥取頭 

 1名

御奥方御番 

 17名

御奥方御賄頭 

 3名

歩付奉行 

 2名

五十人組 

 50名

御供小姓 

 2名

御蔵奉行 

 4名

御矢倉小細工頭 

 2名

海老沢津役奉行 

 1名

中山備前守与力 

 17名

御同朋 

 5名

 

■寛文6、7年頃(1666-67)の水戸藩家臣団の組織状態。徳川光圀が家督を継ぐのが寛文元年だから、光圀初世時の家臣組織である。職掌88、藩士1070名ほど。
 1000石以上を上士(上級武士)、500石以上を中士、100石以上を平士とすると、人数割合は上士5.2%、中士5.6%、平士89%となる。
 文政7年(1824)の平
士の常禄は大体200石といわれ、寛文6、7年頃と大差ない。万延元年(1860)の士分以下も加えた総数は1800名ほどになるが、士分の数は若干の増加に過ぎず、総数の増加は徒士(かち)など下士(下級武士)の増加と、分限帳に記載されない低い身分の者の増加である。

※なお、上表の石高は水喜が、「近世史の研究 第四冊」(伊東多三郎著 吉川弘文館)に掲載されている、「水戸藩の成立」などを参考にして出した目安に過ぎないことをお断りしておく。