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■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

凧の卸(おろし)
 
紙鳶(たこ)は正月第一の物にして昨年十一月頃より売り出し、十二月の下旬から正月二十日頃までに売り尽くすものである。凧の卸問屋は江戸中に七店あり。なかでも最も上等な品が多いのが西久保神谷町にある伊勢屋半兵衛である。
 子どもたちが凧半(たこはん)と呼ぶ画は、浮世画工国富なるものの図によって出来た。また空へ揚げ具合のよいのは下谷の堀龍(ほりりゅう)と吹きぬきの二品、これに京橋の白魚(しらうお)を加えて三品とするのが大名旗本の若君たちで、彼らは凧を置く凧部屋を持っている。されば凧問屋は繁昌するものなり。渋紙張(しぶかみばり)の籠(かご)を天秤に掻きて凧を入れ、江戸市中へ卸しに出る者が甚だ多く、出先でこの者たちに必ず会うのである。

大凧遊び
 江戸府内にて大凧と呼ばれるものは、六枚以上二十二枚張りくらいまでである。大風が吹くと正月より二月中旬頃まで諸所で凧を揚げる。空中に唸りの響くこと日暮れまで止まない。大諸侯の若殿方は大凧を揚げさせ、十分に糸を出して揚がり切ったところで手元より切り飛ばすことがよくある。飛んだ凧は風に流され上総国(かずさのくに)辺りに落ちたという話を聞いたことがある。
 日本橋魚河岸四日市新場辺り、桶町上槇町(かみまきちょう)などの若者が集まって二十枚張以上の凧を揚げる時は、常盤橋御門外堀端より鍛冶橋御門外堀端にて揚げ、十分に揚がった時に町内へ持って行くのだが、その際騒ぎが大きくなり物争い喧嘩になることがあったので、江戸府内で大凧を揚げるのは禁止となった。