■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

大晦日
 
大晦日は江戸市中の町家商店はみんな新調の染暖簾を掛け、〆飾り・門松竹を立てる。小店といえども商品は常より一層賑やかに飾り付け、朝より商い忙しく日暮れになると高張大提灯の定紋の正面に何屋と印したのを店に吊り、正面の神棚は供え餅をあげ、燈火が数多く輝くその下には鏡餅に海老・橙(だいだい)を飾り付けて据える。
 大店の酒・乾物・茶・漆器・紙の商いのごときは、みんな数日前より荷箱を作り軒より高く積み上げて幾数点の弓張提灯を付けたが、今宵は嫌がうえにも荷を積み上げ提灯も数多く付け、出入の鳶の者と下職たちは革羽織染半纏で立ち番をさせて客の出入に気を付けさせる。
 店の飾りは家業によって区別がある。往来では露天の諸商人が左右に連なり、今宵は特に多くの飲食の露店が種々ある。また、植木屋が連なる店々には梅・南天・福寿草の鉢作りが陳列されている。
 往来の人はいずれも弓張提灯を携えて行き来し、往来は夜が明けるまで通行の途絶えることがない。往来では獅子舞の遠音(とおね)、神楽や厄払いの声が遠近に聞こえる。夜が更けるにつれ少しは騒がしさも減ずる時分、初めて寺院で突き出す百八の梵鐘が響く。また大伝馬町のごとき大問屋の軒を連ねる町は、案外と静かである。諸問屋の店は大提灯を吊り、立ち番の鳶頭が火を山のごとく土火鉢に起こして暖まり、店はみなよく片付いて〆飾りが映えている。往来も掃除したのが目立ち遣り水で濡れている様子は、ただ世間の付き合いとして大晦日を飾り立てているように見える。
 呉服店の大丸下村正右衛門は店の〆飾り、切り竹に美しく松を添えて立て、印入りの大小の提灯を多く点し、店内は客が詰め合い混雑を極めているが、革羽織を着た多くの立ち番が客の出入に心を尽くし、呉服は夜明け前には跡形もなく売り切れ、漸く店を片付けて元旦になるや金屏風で打ち囲い毛氈を敷いたところで、蒔絵を施した重箱を開き酒宴を催す。その様は、あたかも花見のごとく彼方此方(かなたこなた)では店の年期小僧たちが羽根をつき鞠を投げて遊ぶ。二階では揚弓の遊びがあり、的にカチンと矢が当たる音や、ドンと時ならぬ太鼓の音が往来へ響く。これぞ江戸四里四方、他に比類なき光景である。