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■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

松市
 門松の市は松のみを売る。この市は川岸付きの御城外堀辺りで町家・武家屋敷のある所で開かれる。筋違御門外のごときは外神田佐久間町河岸の入口に立つ松の大中小がまるで松山に至るほどに仕入れて立ち並べる。
 この市は人で混雑することがない。門飾大松(かどかざりおおまつ)は年の市で売らない。ゆえに松市に来て求めることになる。この月十五日以降は諸方の遊び場や物見の場がみんな休みとなる。道路通行の人々も遊山見物の人々もまったく絶えて、年の暮れの進物配りや家業用向きの人々の往来が多い。従って自然と足の運びも激しく何となく心忙(せわ)しい歳末、余日なく切迫した有り様が四里四方に表われている。

餅搗き
 正月の餅は諸侯・旗本方・社家寺院、その他の武家や町家で奉公人が多い家はみな自家にて例年の定めの日限に間違いなく搗(つ)かれる。その他の者は賃餅、引きずり餅というのを頼んで搗く。賃餅は菓子屋が搗く餅だが、上製な菓子屋は餅の注文を受ける暇がなく、正月用の菓子作りで手いっぱいである。されば下製の餅菓子屋のみ暮れの餅を引き受けて搗く。これも十二月十五日以降の注文は断わって搗かず。搗かないのは力不足だからである。
 引きずり餅というのは町内鳶の者や人足を雇い釜・臼・杵などを担い、餅注文の家の前に行って搗くものである。自家で餅を搗くのは上流の物持ち、引きずり餅を頼む家は普通の家、賃餅は世間で恥ずかしい風俗である。
 引きずり餅も十五日以降は注文を引き受けない。賃餅と引きずり餅とも十五日より毎夜深夜まで搗き、朝は燈火で搗き始め二十三日より大晦日の夜明けまでは毎夜徹夜で搗く。されば十二月十五日より大晦日夜明けまで餅を搗く杵の音が、江戸四里四方に絶えずというのも虚言とはいえない。これ慶応の初めまでの江戸年末の様子である。

町内飾り売及び節季候(せきぞうろう)
 江戸市中町ごとに消防の鳶の者が辻々へ小屋を出し、〆飾りを商うのは二十日以降より大晦日夜半まで。元旦には小屋の跡も止めない行き届いた掃除ぶりである。
 この〆飾り売りを始めた頃より、節季候(せきぞうろう)と呼ぶ乞食が町家の戸々に来たのである。編笠に紅白青の紙を細く切ったものを装い飾り、襤褸(つづれ)の衣類をまとい割竹を騒がしく叩きながら、「立てエ節季ぞろぞろ、さツさござれやござれござれやござれ、せきぞろエツせきぞろ、まいねんまいねん毎とし毎とし旦那の旦那のお庭へお庭へ飛びこみ飛びこみはねこみはねこみ」という呼び声をあげる。呼び声のあまりの騒がしさに、戸々の家は銭を投げて追い払うのである。