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■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

柊売
 
寒明け節分は平年十二月大晦日の前に行われる。時には翌年の正月十日以内に行われることもあるが稀である。大概、寒明けて一陽来復(いちようらいふく、冬が去り春が来ること)大晦日から正月に至れば日脚も伸びて日々に暖かくなり春の遊びも興趣の湧くものが多くなる。
 節分は神社仏寺に種々の式法があるので各々で行われている。武家も家々で旧例が守られて節分の式を行っている。中以下の家は士工商とも年男となる人が、「福は内、鬼は外」と大声を出して豆を撒く。
 豆撒きは当日夕暮れから一時二時の間絶えず家内の神棚の美明火(みあかし、神様の火のこと)や仏前の奉燈より座敷・勝手元・雪隠に至るまで燈燭(とうしょく)が輝き、老幼男女は撒き散らした豆を拾って騒ぐ。
 往来では弓張堤灯を持つ人々が行ったり来たりして、知り合いに出会うと当夜の目出度さを互いに祝い合う。獅子舞の笛太鼓の音が豊かに響き、遠近から「御(おん)厄払いましヨ厄落し」との呼び声が盛んに行き来する。
 今日は江戸市中の家々は、豆の枯茎(かれくさ)を柊に添えて塩鰯(しおいわし)を刺したのを家の口々へ差し挟む。悪魔を除く呪詛(まじない)という。されば節分前に、この豆の枯茎・柊・鰯売りが諸所へ歩き回り、「豆殻柊赤鰯(まめがらひいらぎあかいわし)よ」と呼び声をあげるのである。

※寒=小寒(陰暦の十二月初旬から中旬まで。太陽暦では一月六日頃)から節分(立春の前日)までの約三十日の間。小寒から節分までを寒の内と呼ぶ。
※寒明け=寒があいて立春(陰暦の正月初旬。太陽暦では二月四日頃)の日になること。