■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

西のまち 一に酉の市又酉の祭といふ
 酉のまちは、酉の日ゆえに月の内に二度ある年、三度ある年もある。最初の酉を初酉と唱え、二度目を二の酉、三回目を三の酉という。鷲大明神の祭日である。葛西村に鷲大明神がある。また、目黒にもあったが浅草新吉原の裏田圃にある当社こそこの日夥(おびただ)しい参詣がある。参詣人が多いのは当社の近くに金龍山観世音や猿若町の三芝居、吉原の遊郭があるためであろう。
 この社(やしろ)に詣でる老若男女の
誰もが美しい衣服を装い、髪の結い方から踏む下駄・雪駄・草履に至るまで吟味して出掛けるのは、見栄を張る場所があるからだ。酉のまちに限り遊里吉原の大門の他、平日は閉じて通行を禁ずる門をみな押し開いて通行を許し、遊里のなかをすべて見てもよいとした。
 酉のまちの売り物は熊手、芋頭、粟の餅、熊手の簪(かんざし)である。これらを売る露店が社の内外にいっぱい並んでいる。みなこの近隣の農家が露店を出して商っている。だから酉の市は質朴な雰囲気であった。

雪見
 雪見は文人墨士か武家に限ったものだが、時によってはいずれの粋士か障子船を隅田川に浮かべ、障子の内に炬燵を置き、絶品の女子の囁き声と共に両岸の雪景を賞(め)で、その後、船を山谷の岸に繋ぎ、八百善(やおぜん)か有名な料理屋で盃を傾ける。または、蓑笠(みのがさ)を被り足を踏み締めつつ墨堤を徘徊し、真乳山(まつちやま、待乳山)山谷橋辺りの景色に詩を吟じたりする。