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■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

御使番
 
この役は火事場を専任する役ではなく、平日にても人材を必要とする勤めである。また、戦場では君命を伝達するのを専らとする激務なので、火事場へ出るのは戦場での駆け引きの練習のためとかといわれている。火が起きる時はその火を敵軍来襲と見なす、これは消火防火の武家は敵に向かうと見なすので同一の駆け引きである。ゆえに御使番役は戦場へ赴く心構えで火事場へ馬を乗り回し、火炎が渦巻き煙が覆い火の粉が散乱し火消たちが必死に働き、火から逃れようとする人々が揉(も)まれ、家財道具が散らかるか山を築いて数口にわかれて燃えているなか、火が燃えるその模様から風の変化、火の元から火の先の広さ狭さ、大名屋敷、旗本屋敷、寺社、町屋の焼失消火などについて将軍家へ注進する。その様子は勇ましく、壮年の旗本はみなこの役に召し出されることを望むのである。
 町方にはいろは組四十八組を十番に番を分かつ。この十番に分けたのはこの順番で火事場へ赴くというのではない。町名主という役がある。これは町のことを取締るゆえに、町名主は数百人が配置されている。この数百人の町名主を十番に分かち、一番の町名主が支配する所の町火消を一番とする。い組、よ組、は組、に組、万組の五組は一番の名主数人の支配となるから一番組とする。ろ組、せ組、も組、め組、す組、百組、千組の七組は二番の名主数人の支配となるから二番組とする。四十八組を十番に分かつのは以上のような次第である。また一組ごとに人数が一定しないのは町内の貧富によるものである。よって一組三百人の組があり、また七、八十人の組がある。一組の町火消が火事場へ赴く備え立ての順番は町内の町役人、次に頭取頭、世話番役、次に梯子長提灯二本、梯子二挺、梯子持手代(はしごもちてがわ)り、次に刺股持手代(さすまたもちてがわ)り、次に鍵持数十人が纏を囲い、次に龍吐水(りゅうどすい、放水ポンプのこと)、次に玄蕃桶(水を入れ担いで運ぶ大きな桶)、消札持(けしふだもち、鎮火させた証拠として鎮火場所に組の名が書かれた札を立てた)。以上が一組の備え立てである
 火の近い所に至れば、竹で作った五間梯子を立て、これを腕で担い、山のような荷物のなかを行く。火事の火先へ向かい消し止めるのを名誉とすれば、後火を消すのは恥とする。いざ町内の半鐘が火事を報ずるや、たちまち馳せ集まり、隊伍を整えて木遣りの声も勇ましく繰り出す。その様子は武士が隊伍を立てて敵軍へ進むのと同じだ。屋上の消防は武士が敵陣を破るのと同じだ。五分(ごぶ、一センチ五ミリ)さえ後ろに引くのを恥とし最後に火に包まれて逃れる所がなくなり、纏とともに火中に焼死することが随分とある。
 町屋の工商とも類焼した家は近隣の火事というと、直ちに火事場を見定め、風の方向が悪くて店の窓から火の粉が飛び込んで来る最中でも身支度をして土蔵や穴蔵を防ぎ、駆け付けた見舞の人々へ指図をして足の弱い病人を助けて火を避け、屋上に雨のごとく降り落ちる火の粉を防いで飛び火から発火しないよう注意し、いよいよ自分の家に火が移ると堪(たま)らず逃げようとするが火に囲まれてしまう。そこを辛うじて切り抜け暫(しば)しの間休息している折にも家は完全に焼け落ちてしまう。釣瓶、手桶、玄蕃桶、梯子、鋤、鍬、鍵、龍吐水などを準備して置く。余燼(よじん、燃えかすの意)が盛んに燃え立つなかを駆け抜けて行き、土蔵や穴蔵のなかの物が焼けないよう余燼を消して土蔵の戸前や穴蔵の蓋(ふた)を開く。
 従っている奉公人や手伝いの人々が焼け崩れた残木土瓦の山を道路へ運び出す。店に出入りしている大工と左官が材木を車に載せて遣って来て煙炎のなかで板塀を作る。そして、直ちに便所雪隠の仮小屋を土蔵前に作る。それ以前に知人や親戚から焚き出しの握り飯、味噌汁、その他に朝夕に必要な物品を見舞いとして贈って来る。出来上がった板塀へ何屋何某仮託(なにやなにがしかりたく)という文字を書いて出す。また、小旗に町名と名前を染め出したものを多く立てる。これは焼けた町家のなかで、生計が中以上の者がみんなすることである。