■江戸年中行事&風俗                                                   江戸と座敷鷹TOP  江戸大名公卿TOP

(ふいご)
 
当月八日は鞴祭なので鍛冶師・鋳物師・錺師(かざりし)・時辰師(とけいし)・箔打師(はくうちし)・石職(いししょく)は、平日に鞴を使う家業とて火防ぎや家業の徳を報いんと稲荷神を祭る。すなわち、この鞴祭はこの家業の稲荷祭のことである。

 当日はみな家業を休み前々から家内の繕った畳を敷き替え、きれいに掃除して客を招く。稲荷神の宝前の供物をうずたかく積み、燈明を点して輝かせ、近隣へは蜜柑を膳部に載せて丁寧に配る。
 この日の未明に蜜柑まきの催しがあるので、この家業のある近辺では、子供たちが早朝に起きて蜜柑を拾いに出る。「まけまけ拾へ鍛冶やの貧ぼう」と大声を出して駆け回る。その騒ぎが大変うるさく、この催しは朝のうちに終わる。

孩子(こども)遊び
 
この頃女子は銭独楽(ぜにごま、一文銭を数枚重ね、四角い穴に棒を通して作った独楽)というものを作り、銭独楽(繰り器として使ったのか?)に綿を括(くく)り付け、独楽を回して綿糸を巻き取って鞠にする。また大綿という虫を捕らえるため、「大はたこいこいまま(まんま、ご飯)(喰)はしよ」と言って蚊のように尻に白きものが付いた虫を捕らえ、綿に包んで蓄えておく。綿に不自由しなくなると、この遊びの後はお手玉、鞠つきから羽根つきの順番で女子は一年間を遊び過ごす。
 毎年遊びが同じ男子は町火消しが火事へ向かうような真似をする。この遊びを火事ごっこという。四斗樽の竹輪を縄で巻いて、二つ組み違いにして纏(まとい)を作り、馬簾(ばれん)も縄で付けて振る。この纏持ちとなるのは男子たちの頭である十二、三歳の者である。その他は梯子を作ったり、手頃な竹を鳶口に代えて持ち、木遣りの声を揃えて駆け回り、火を消す風情を作り出して消し口を取るという遊びであった。
 この遊びが止むと竹馬の遊びから独楽あての遊びとなり、その後は凧となって正月を迎える。これまた毎年同じ順番だ。そう言えば、相撲などの流行もあった。