■紅葉狩 九月下旬に銀杏の葉が漸く黄色に染まる頃から、霜に酔ったような木々の韓紅色(からくれないいろ、鮮やかな赤)に染まった葉が今日を盛りとするまで。西は王子の瀧の川、南は品川の海晏寺(かいあんじ)は紅葉に名のある名所として雅人・文士が林間に杖をつきながら遊ぶ。壮年の人や婦女子が来ることはなく、この遊びは隠士・医師・僧侶のみに限る。 海晏寺、瀧の川とも評判に勝る紅葉の眺めである。
■池上本門寺参籠 例年十月十三日は日蓮上人御入滅の当日なので、日蓮宗の寺院へ会式詣でする人が多い。日蓮宗の寺院のなかでも池上本門寺は別格なので江戸や近在のすべての法華講中がそれぞれ講万燈を作り、大勢が群れをなして団扇太鼓を鳴らし題目を唱える。その響きは高輪辺りでどよめいている。 この日、池上本門寺は日暮れ前から講中の人々で溢れ、これらの老若男女は遠慮会釈もなく、ただ講中ごとに自分たちの信心を揃いの手拭で表わしながら、疲れも見せずに池上本門寺へ遣って来る。これ南無妙法の徳であり、まさに天下泰平とはこのことである。
■大伝馬町の市 当月十九日は大伝馬町の市が立つ日である。この市を腐れ市、ベッたら市という。以前から市場の露店売りの品物は様々に変化したらしい。当時は浅漬大根を商う店が八、九分あった。日暮れから夜へかけて人の群れが夥(おびただ)しくなる。各店の年期勤めの小僧たちが、「ベッたりベッたり」と、浅漬大根を求めて来る女子へ大声で呼び掛け、女子たちは浅漬の粕に触れないように混雑のなかを避ける。だが、どこへ行っても、、「ベッたりベッたり」の呼び声が掛かる。これを面白いとして、男女とも出掛ける市なので、ペッたり市と呼ばれるようになったそうだ。 |