■店頭(みせさき)の納涼 町内両側の店はみんな日暮れになると家業を手仕舞い、板戸を少し降ろす。店前より往来一面の大地に遣り水をして、家ごとに涼み台を出す。煙草盆や団扇なども用意して、家々の主人を始め子供や妻などが腰掛けて涼む。こうした納涼は横町や河岸通りの夜店がない町内に限る。また、互いに行ったり来たりしての四方山話(よもやまばなし)や、あちらこちらでの子供遊びなど、まことに時代が豊かなる印(しる)しと見える。 納涼する人々が湯浴みを済ませ夕飯や酒を傾けた後、洗ったばかりの浴衣を着て団扇と煙草を持ち、ゆるゆると昼間の炎暑を払うのだ。こうしたことが宵の口まで毎夜行われるのである。 日暮れるとすぐに、「按摩(あんま)アはり」の声が此所彼処(ここかしこ)から湧くがごとく頻(しき)りに聞こえる。また、大きな提灯を点(とも)し箱を肩から脇へ吊り下げ、「本家山口やカリン糖、深川ア名物ウ山口屋カリン糖」の呼び声、「豆やア、枝まめヘ、豆やアえだまめヘ」の呼び声。これは女に限る売り物だ。もっとも、生活が貧窮で小児を背負うなどして憐れな姿である。 総髪で後ろに撫で下げた四十歳前後の男に多いのが、襟に輪袈裟を掛け手に錫杖(しゃくじょう)を持ち広袖(ひろそで)の浴衣に三尺帯の平ぐけ帯という出で立ちで、「さんげさんげエ六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と節を付けて唱えながら来(きた)る。呼び寄せて賽銭(さいせん)を渡すと、すぐに軒下に立って錫杖を打ち振り、神仏の縁起利益(えくぎりやく)を簡略に謡(うた)う。その調子が有り難い味わいなので、信心家は招いて謡ってもらうのである。
荷箱を天秤の前後に掛け赤塗りの行燈を点し、「白玉(しらたま)アおしるこウー」と呼ぶのは白玉入りのしるこ売りだ。「お正月やア、おしろこウー」と呼ぶのは餅入りのしるこ売りだ。これらの商人に若者はおらず、みんな老人である。
二上(にあ)がり高音の三味線は、芝居狂言の切られ与三郎の相方(あいかた)の鳴り物で、新内節の流しにて夏の夜の江戸らしい音色である。なかには歴々の旦那の三味線も混じることがある。
※二上がり=三味線の調弦法の一つで、本調子の二の糸が一音高い調子。また、二上がり新内とは、江戸後期の流行歌の一つで、新内節の節回しに通じる哀切感の漂う二上がりの小唄。
横行燈に「すいとん」と書いたものを天秤に掛け、「担いエすいとん」と呼びながら来るのは、味噌汁にうどんの粉の摘入(つみいれ、つみれのこと)を実としたものを売っているのである。この行燈に必ず「一八」と書き付けるのは一枚八文ということである。寛永通宝銭二ツで、すいとんが椀に一杯の計算だ。このすいとんは吉原より売り出したという話だ。
盤台桶または籠に西瓜(すいか)、真桑瓜(まくわうり)、桃を入れて積み並べる。西瓜は切って赤い甘味を見せ、真桑瓜は皮を剥き四ツに包丁目を入れ、桃には水を打ち夏桃の赤く美しいのを鮮やかにして売る。この頃売っている桃の実に、大きくて美味なものはない。 |